2018年1月29日(月)
昨日の夜から良さそうなスポーツ整形外科を調べて三鷹台にある慶真整形外科に行ってみた。
マラソンレース中に突然右脹脛に電気が走り棄権したこと、救護隊に坐骨神経痛の疑いありと言われたことを申告。
症状を話した後に医師が患部を触って、これは筋肉に問題が出ていますね。と
まず脹脛の筋肉をエコーで見ることになった。
ヒラメ筋の激しい損傷で筋肉繊維がかなり汚くボロボロになっていた。自分の目でエコーの画像を見たので間違いない。血も溜まっていて筋肉繊維が損傷によって出血した証。こんなになるまでよく走ったよ。練習し過ぎじゃないかって。
左脚は疲労骨折3回、腸脛靭帯炎2回、肉離れ1回…何度も怪我しているけど右脚は初めて。
次は坐骨神経痛を確かめるためレントゲンを撮った。問題はなかったが、代わりに大きな問題が出てきた。
腰椎分離症…それは中学時代から知っている。激しい運動によって、同じ動作を繰り返すことによって腰椎が分離してしまうのだ。部活を始める成長期の中学生くらいからその症状が現れる。中学時代、母に連れられ整形外科に通って発覚したが、腹筋と背筋を鍛えることで補い、以後腰痛を感じたことはない。ただ爆弾を抱えているので要注意とのこと。体重増加と筋肉の衰えで確実に腰痛が出る危険を孕んでいる。最近2年くらい筋トレやってないから復活しなくちゃ。
医師から忠告…普段の練習は20キロまでにしなさい。それ以上のロング走はフルマラソンの調整時のみ。マラソン選手は腰椎分離症を抱えている人が多いけど、これからも長く走りたいならそうしなさい。椎間板ヘルニアに進展する危険もあるよ。
で、肝心の5週間後静岡マラソンに間に合うか。当然間に合うはずと軽い気持ちで聞いた。
医師の顔が曇った。元の筋肉繊維に戻るのに最低3週間、通常は4週間。その間は痛みが引いてもRUNは禁止。ジョグも禁止。その後4週間の練習はジョグのみ。スピード練習は禁止。つまり8週間しないと普通に走れない。
絶対にダメとは言われてないけど、どうするかはあなたの問題ですよって。筋肉繊維が戻ったばかりの状態で即ガチンコRUNをすると再発の危険があるんだって。それに4週間も練習しないでたった1週間では調整できないでしょって。
普通に走れるのは3月下旬。
あーどうしたらいいの。絶望的だよ。
スポンサーサイト
2017年7月3日(月)
毎週末のロング走による影響か、肋骨が少々痛く骨がずれてついてしまっているのか不安だ。とくに先週末1日は3時間半以上も右腕を振り続けているのだから。
肋骨骨折の経験者から耳にするのは、安静にしていないと骨がずれてついてしまうことがあるので、梅雨時や寒い時などに傷跡が疼くことがある。また、後遺症で肋間神経痛になることもある。
超音波治療を受けるだけの時は、受付で診察券を出して血圧を計りリハビリ室に直行する。今日は肋骨が痛いのでレントゲンを撮ってほしいが
「胸が痛い。肋骨が痛い。」とズバリは言えない。
「骨折して4週目に入ったのですが検査はいつ頃するんですか。」と大人気に聞いてみた。
「そうですね。そろそろいいかもしれませんね。先生に聞いてみましょう。」
「はい、お願いします。」
「レントゲン室へ入ってください。そのあと診察しますから。」
3枚ほどレントゲンを撮り、できあがるのを待った。
しばらくして名前を呼ばれ診察室へ。
2週間前と3週間前のレントゲン写真と比較しながら確認し、骨折した二箇所を拡大。
ニコッと笑い
「んー、ついてますね。くっつきましたよ。これが前回の写真、これが最初の写真、これが今日の。2本ともくっついているのわかるでしょ。」
「ずれてないですか。」
「ずれてないですよ。ついてます。もう痛くないでしょ。」
「はい、痛くないです。くしゃみしても痛くなくなりました。起き上がるのは多少の違和感がありますが…」
(嘘はやめろ。先週速く走りすぎて折れたところが痛いんだろう。)
「走っていいですよ。それとも、もう走ってた?」
「いえ、走ってないです。嬉しいなあ、走っていいんですね。」
(とっくに走っているくせに…笑)
「リブバンドもいいでしょう。もうはずしていいです。」
「超音波はどうしましょう。もうやらなくていいですか。」
「万一のことがありますからね。もう少しやった方がいいでしょう。多分ついたばかりですからあと2週間やりますか。2週間経ったらもう一度レントゲンで確認しましょう。」
自分の治癒力には自信があったが3週間程度で治るとは思っていなかった。
さすが超音波なのか?さすが俺の治癒力なのか?
しかし折れた肋骨の周辺が痛いのは確か。気のせいではない。うつ伏せになって肋骨に体重が乗ると痛いし、多少ひねっても痛い。おっぺすことは怖いのでできないが。(埼玉県北部から群馬県の方言で「押す」ことを「おっぺす」という。)
2〜3日様子をみて痛みがとれなければ痛いと言ってみる。自分に都合のいい、期待通りの筋肉痛かもしれないし…
昨日の多摩湖RUNの疲れがあるはずなので今日は吉祥寺往復緩ジョグのメニューにした。
やはり昨日のRUNはLT値付近で疲れのたまらない走りになっていたのだろう。脚の筋肉痛もなくいたって普通。
いつもと違うのは右腕の筋肉痛。骨折以来肋骨が動かないよう右腕を振らない走りを心掛けていたが、さすがにレース走りをすると無意識に両腕を振っている。3週間使っていなかった筋肉を使ったので筋肉痛が起こるのは当然。それはさほど気にすることではない。
気になるのは、肋骨が痛いこと。
肋骨が折れて3週間が経過、4週間目に突入した。骨がくっつくには4週間〜8週間と診断されており、4週間経過した時にレントゲンで確認することになっている。普通は治るまで動かさないものだ。リブバンドをつけて安静にしているのが原則だ。
しかし走っている。しかも毎週40キロだのと…
体験入部で上半身ストレッチができずにヘッドコーチと代表に肋骨骨折を打ち明けた。
男勝りのヘッドコーチは間髪入れずに
「やめなさい。怪我をしているのに無理して走ると治らなくなる。結果的には安静にしている方が治りが早くこれからのパフォーマンスアップにつながるのです。」
代表は
「私は肋骨骨折で練習し続けた経験がある。6週間で治るはずが4ヶ月もかかってしまった。だから走らない方があなたのためだ。」
でもそれを聞かずに体験に参加した。6月は骨折があったので普通なら初旬だけしか走れていないはず。練習日数こそいつもの月に比べると少ないが、骨折後も精力的に走り続けており、14日間で314キロ。通常月(概ね23~24日)なら500キロ超のペースである。
リブバンドをつけているといっても肋骨は呼吸するたびに動く。RUNを続けている以上は腕振りを抑えようが肋骨が動くのは確実だ。ヒビではない。2本とも完全骨折で骨が離れているのをレントゲンで確認しているのだから。
右肋骨付近の筋肉痛であって欲しいと自分に都合のいいよう期待するが少々馬鹿な真似をしすぎたか。どう考えても走り過ぎ。
1週間後にレントゲンの予定だか、早めの検査をしてみるべきか。
2017年6月19日(月)
今週も今日から5日間骨折の超音波治療が始まる。
心配なことが一つある。それは週末の多摩湖RUNでの転倒だ。頭を打ったことよりも折れた肋骨がずれていないかが心配だ。頭は痛いがこぶができているので安心。胸はその後痛みが増していることはないが、先週の月曜日に診てもらった時「骨折ですね。ずれてますよ。」その「ずれてますよ」が非常に気にかかる。もしこのずれが転倒によって大きくなってしまったらどうなるのか。ずれたままくっついてしまうのか。それともずれがひどければくっつかないで離れたままなのか。骨折が完治しないということか。
不安なことは医師にきちんと聞いてレントゲンで確認してもらった方がいい。
肋骨の骨折を軽視してはいけない三つの理由を医師が説明した。
①動揺胸郭…息を吸うと胸部が拡がり息を吐くとしぼむ。肋骨が複数本折れているとこの動きが逆になったりばらばらになって呼吸困難に陥る。
②気胸、血胸…折れた肋骨で肺に穴があいて空気が漏れる。また肺から出血し血が溜まる。
③肺炎…呼吸の動作が痛みに耐えられず呼吸が浅くなる。風邪を併発したときに痰が詰まっても吐き出すことができず肺炎にかかる。
肋骨の骨折は他の部位と違って完全に固定することができない。それは呼吸をするときに胸部が拡がったりしぼんだりするため。そのたびに肋骨も動いているわけで、呼吸しているだけでも痛いというのはこのため。したがって生きている限り肋骨は動き続けるので固定できる他の部位より完治までの時間がかかるということだ。
骨がくっつくのは一般的に4~8週間。その後骨が新陳代謝を繰り返して元通りの強度になるのに3ヶ月以上。つまり最低でも9月10日前後までは骨折が完治したとは言えないそうだ。
種目と重症度によるが一流アスリートが肋骨骨折後2週間で試合に復帰というニュースを耳にする。しかし骨がくっつこうとしている時期での復帰は本来好ましいものではない。治っても肋間神経痛などの後遺症を発症することが懸念される。
骨折から僅か1週間で40キロ以上走ったと医師には言えず、小走りした時に車止めに足が引っかかって転倒したことにした。医師には痛みがひどくなっていなければ大丈夫と言われたが、あの見事なまでの転倒一回転を医師に説明するのは難しい。というよりも、小走り程度であの転倒はありえないだろう。心配症なので万一のことを考えてレントゲンを撮って欲しいとお願いした。
検査結果が出た。
結果は、
結果は、
大丈夫でした。
折れた骨が肺に刺さるというような最悪の事態にはなっていなかったのでとりあえずホッとした。
改めてレントゲンを見ると2本の肋骨とも完全な骨折でずれて隙間がある。1週間前よりも隙間が大きいような気がした。でも医師は大丈夫ですよと言うものだからそれ以上聞くことはできなかった。
この隙間、どうやってくっつくのか聞いてみた。骨が互いに寄ってくっつくのか。それとも新しい骨ができて隙間を埋めていくのか。
後者のようだ。折れた骨と骨の隙間を埋めるために骨ができるので、その分折れたところは骨が太くなるのだそうだ。
ホッとした反面10日程度では骨はまったくくっついていないということが判明してしまった。
4週間じゃあ無理だろう。あと3週間じゃあ骨はくっつかない!?
2017年6月12日(月)
仕事が終わり参宮橋にある整形外科へ向かった。私が勤務する新宿西口には意外と整形外科がない。何件かはあるが、どこも自分が納得できるレベルではないということだ。インターネットで病院を調べ、骨折が早く治癒すると評判の超音波治療を備える病院を探した。自宅近郊にもあったが診療時間の問題でパス。会社から徒歩12分〜13分の参宮橋がヒットした。しかも診療時間は19時まで。通院に問題はない。
待合室で30分ほど待たされて順番が回ってきた。
ロードバイクで車道から歩道への乗り上げに失敗。かなりのスピードで転倒し右胸と右上腕部を強打したことを伝えた。痛みの症状からして骨折ではないかと感じていることを率直に伝えた。この病院、待合室にやたらとロードバイク関係の雑誌が置かれている。医師は40歳前後の男性で均整のとれた体格。おそらくロードバイクが趣味なのだろう。受付時に過去の大きな病歴や現在の通院状況などを記載しなければならなかったので私の心筋梗塞が話題になった。香港国際マラソンのレース中に急性心筋梗塞を発症し、救急車で運ばれたこと…
「それでマラソンからロードバイクに変更したんですね。」
「いえ、マラソンはやめてません。ロードバイクやってるわけではありません。」
「えっ、大丈夫なんですか。医者はいいと言っているんですか。」
「大丈夫です。」
ビックリ仰天といった表情で私を見つめた。
「レントゲンを撮りましょう。ドアを出た右手でお待ちください。」
右上腕部、右肩、胸部、合計5〜6枚のレントゲンを撮りできあがりを待った。
「腕、肩、鎖骨は問題ないですね。ロードバイクの転倒は肩、鎖骨の骨折が多いのですが大丈夫ですね。」
「そうですか。」
「肋骨を診ましょうか。うーん…折れてますね。ここ、わかりますか。」
「はい。ホントだ。わかります。」
「あ、ここも折れてますよ。ずれてるのがわかるでしょ。2本骨折です。」
「何番目の肋骨ですか。」
「第7と第8ですね。」
「ゴルフはできますか。24日にゴルフの予定があります。」
(俺が聞きたいのはゴルフじゃない。ランニングだ。)
「ちょっと無理でしょうね。痛いの我慢してやりますか。」
「いや、いいです。やりません。」
(痛いの我慢して…ランならできるのか?やっていいってこと?)
「基本的に運動は禁止ですか。」
「痛みがなくなればいいですが、痛いうちはやらない方がいいですね。この骨見ればわかるでしょ。ずれてますから。」
(痛みがなくなればって、痛くなければ走っていい?)
「治るまでどのくらい、1ヶ月くらいですか。」
「1ヶ月後に骨がついたか検査します。1ヶ月ではつかない人もいます。基本1ヶ月。最大2ヶ月ですね。」
「超音波治療をするのですか。」
「超音波は肋骨にはあまり効き目がないんですよ。患部にジャストに当てることが難しいので。それに超音波は毎日受けないと意味がありません。効き目がありません。週何回通院できますか。」
「4回、できる限り平日毎日5回来ます。」
「わかりました。それじゃあ今日からやりましょう。リハビリ室へ行ってください。」
そんな訳で超音波治療を毎日行うことになった。そして痛み止めのロキソニンを毎食後10日分処方され、湿布と胸バンドで肋骨を固定。
疲労骨折の時に超音波治療でかなり早く治癒できた経験から今回もそれに期待することにした。今週末の土曜日は多摩湖、所沢方面への42キロラン。楽しみにしていたし天気も良さそう。なるべくなら中止にしたくない。ベッカム並みにあと5日で痛みが引くことを祈ろう。5日で治ることはないが少しでも良くなる可能性に賭けよう。昨日は骨折かもと思いながら6分半で17キロ走っている。42キロは無理としても西武遊園地までの32キロ、或いはビルドアップ手前の33〜34キロまでならキロ7で十分走れるだろう。西武遊園地又は武蔵大和から自分だけ電車で花小金井に帰る方法もある。なんとか決行したい。実行できる。
頼む。俺の肋骨よ。痛みよ引け。早く治れ。早くくっつけ。