夢を力に 大阪マラソン
大阪マラソンの1ヶ月前(9月下旬)、皇居8周40k走を決行した。走りっぱなしは無理だった。レース前で気合が入り過ぎて心拍数がオーバーしてしまう。オーバーしたらいったん歩き、下がったらまた走るの繰り返し。よくあるパターンだ。頑張り過ぎは良くないので30kでいったん休憩を入れた。どんなやり方であろうと40k走をやれば自信に繋がる。フルマラソンに向けて安心感が強くなる。だから1ヶ月前に40k走というのはブンブン丸がマラソンを語るうえで絶対にはずせない。
10月12日K大学病院へ検査に行った。担当のS医師は必要のない投薬はやめましょうという考え方で、5月の検査時に2種類の薬が減らされていた。自分としてはこれに加えて利尿剤もやめたいというのが願望。
『利尿剤は必要なのでしょうか?できれば飲むのをやめるわけにはいかないでしょうか?午前中のトイレの回数が多すぎて仕事にも支障が出ます。』
『いいでしょう。飲まなくてもいいでしょう。不要な薬は飲まない方が身体にはいいですから。』
あっさりと承認された。
利尿剤を飲むか飲まないかはフルマラソンを走るうえで死活問題だ。こんなものを当日の朝飲んだらレース中に何度トイレに駆け込むかわからない。明日の朝から飲まなくていい。すっごくホッとした。悩みが一つ減った。
2013年10月27日 第3回大阪マラソン
宿泊した心斎橋のホテルは大阪マラソンを走るランナーでかなり混雑していた。朝食会場もランナーのためにいつもより早い時間からオープン。
香港の悪夢で学んだことは水分をしっかり摂ること。トイレへ行くことを恐れて何も飲まないなんてことはもうしない。
トイレなんて何度行ってもいいんだ。記録を目標にしているわけではない。2~3回行ったところでどうってことはない…
でもコーヒー、紅茶、日本茶とかカフェインの含まれているものは飲まない。
長袖の着圧アンダーの上にPUMAのユニフォーム(ランシャツ)を着た。アンダーの下には命のバロメーターとなる大事な大事な心拍計ベルトが巻かれている。ブンブン丸の命を守る一番大事なものだ。そしてPUMAユニフォームのランパンでは短かすぎるので普通丈のPUMAショートパンツをはいた。シューズは厚底の赤いアシックス。
今までの国内フルマラソンは手ぶらで走っていた。でも今回は何が起こるかわからない。いや、何か起こってもいいようにいろんなものを持った。ゼッケンの裏には「2012年2月香港国際マラソンで急性心筋梗塞を発症。冠動脈バイパス手術」と記載した。万が一倒れるようなことがあれば、このゼッケンを見てもらえれば「既往症」ということがわかる。
iPhoneとPちゃんの写真入りキーホルダーは必需品。それに加えてEXPOで買ったグリコのジェル3個、粉末スティックタイプのアミノバイタル5袋、EXPOでもらった携帯用エアーサロンパス2本、タオルハンカチをウエストバックに入れた。迷ったが保険証とK大学病院の診察券も入れた。意識不明になったとき、診察券があればK大学病院に問い合わせてくれるかもしれないと思ったから。詳しい病状の情報がとれるから。
準備は万全だ。こんなに持ってお腹に巻いて走るのは初めて。死なないと思うが何かあれば役には立つだろう。
ビギナーなんだから仕方ない。健常者じゃないんだから仕方ない。遅いんだし道中長いから何が起こるかわからない…
念には念を入れろ…だ。
格好じゃない…命が一番大事だ。
ブンブン丸は死なない。絶対に死なない。倒れない。
あんなに楽しみにしていた大阪マラソンなのにいざとなると怖かった。地下鉄の電車の中、電車を降りて大阪城公園へ向かう途中、荷物預けの最中、トイレの行列待ちでも、Bブロック(陸連登録しているのでBだった)の中に並んだときも…
怖い…自分の意思でこの場にいるのに好き好んで何でわざわざこんなことをしているのか疑念まで生じてしまう。
何度も深呼吸をした。走ってもいないのに心拍数がやけに高い。
こんなことしていいの?10kやハーフとはわけが違う。
(お前何やってんだ。心筋梗塞経験した奴がフルマラソン走るなんて聞いたことがない。何でこんなことしてるんだよ。)
(ゆっくり走れば大丈夫だ。怖くなんかない。お前は死なない。奇跡の生還者だ。お前は絶対に死なない。元気に完走する。練習だってたくさんやったじゃないか。異常はなかったはずだ。読売新聞の取材が待っているんだよ。インタビューだぞ…)
一生懸命気持ちを落ち着かせた。
でも恐怖は治まらない。まるで死刑囚が死刑台に向かって走っていくような心境だ。死刑囚になったことはないので死刑囚の気持ちはわからないがそんな気がした。
42.195kにたどり着く前にどこかで死刑が執行される。自ら死刑になることを望んで走って行く。そんな馬鹿なことをする奴がここにいる。そいつは勇気があるように見えるが、実は恐怖で震えている。死にたくないと震えている。怯えている…
Yさんが言っていた「笑顔でフルマラソンを走れる日を楽しみにしています。」
ブンブン丸からはすっかり笑顔が消えていた。笑顔を忘れてしまった。
大阪市長の挨拶も何もかも耳に入ってこない。
時計を見ては「あと10分しかない」「あと5分しかない」「もうすぐかあ~」
2分前 1分前…
(あんなにやりたがっていたフルマラソンだぞ。お前の夢だ。サブ3に代わる夢だ。すっげーことじゃないか。あんな状態からよくここまでもってきたよ。5時間後だか6時間後だかわからないけど、走り終えれば夢が叶うんだ。奇跡じゃないんだ。お前が頑張ったからだ。涙と努力の結晶だ。お前は世界で一番頑張った。それは俺が一番よく知っている。ここにいる3万人の誰と比べてもお前が一番だ。オリンピックのメダルより凄いぞ。もう少しだから頑張ろうじゃないか。)
目を閉じて気持ちを落ち着かせた。
30秒前…10秒前…5 4 3 2 1
号砲が鳴った。
紙吹雪が舞う中、ブンブン丸の復活を期す大阪マラソンが始まった。上空を見上げるとTV用のヘリコプターが飛んでいる。長いと感じるか短いと感じるかはブンブン丸次第だ。
あんなに怯えていたのにいざスタートするとすべてを忘れ、手を振る大観衆に「ありがとう」とつぶやきながら手を振り返した。
いろんな思い出が蘇る。
香港国際の2k地点
胸をおさえながら苦痛に顔を歪めて今にも倒れそうに走っている姿
手術室の扉の前で医師に言われた言葉
「死亡するリスクがあります」
集中治療室の光景

もう一度走ってやろうと決意した瞬間
「走ってもいいですよ」G医師の言葉
おっかなびっくり自転車道RUN
嬉しかった皇居RUN
大阪マラソンチャレンジラン
有馬温泉での涙
谷川真理ハーフマラソン
初心者クラス復帰
普通クラス復帰
俺は、俺は、今日夢を成し遂げる。
夢が夢でなくなる…
大観衆の応援を身体いっぱいに感じて走った。千日通りから御堂筋に入り心斎橋もわかった。
ここを左に曲がると宿泊先のホテルだ。もう大阪の地図も頭の中に入っている。
大阪市役所も過ぎた。去年はここで終りだった。
心拍数を気にしながらキョロキョロと大阪の街を見てハイタッチを楽しんだ。
気合いが入り過ぎてハイタッチが痛い大阪のおばちゃんもいた。
もう恐怖はない。
でも大阪のおばちゃんは恐怖だ…ハイタッチが痛い
俺は死刑囚ではない。
夢の世界へ向かって走る誰よりも幸せなランナーだ!
どや、わいは復活したんや!
フルマラソンや!
夢は叶うんや‼︎
諦めなければ夢は叶うんや‼︎

(c)allsports.jp ウエストバックをランシャツの下に隠して…どや顔
何が起こるかわからない。胸が痛くなったら終わり。命が終わる。だから石橋を叩いて渡るくらい細心の注意が必要だ。
心拍数を上げないためにはすり足走法しかない。地面をするようにひたすらすり足を心がけた。シューズの底が減ってしまうことも計算のうちだ。
すり足 すり足…

(c)allsports.jp 皆んなですり足走法・ペンギン走法
10kあたりからトイレへ行きたくなった。利尿剤をやめて約2週間。やはり1年8ヶ月もの間飲み続けていたのでやめたからといってすぐに利尿作用が減るわけではない。長い間の習慣が身体に染みついている。
トイレに行くのは想定内だったので14kと30kあたりで合計2回行った。ロスタイムは(3~4分)×2回
逆に上がってしまった心拍数を下げるのにトイレ待ちが効果的に働いてくれた。プラス要因になったかもしれない。
トイレ以外は歩くことも立ち止まることも一切なかった。一度もなかった。
20k、25kと進むにつれて緊張が高まった。
だって、夢の夢のフルマラソン完走が刻一刻と近づいているんだ。もう半分以上も走ってきたのだから。
諦めなくて良かったという思いからくる満足感?達成感?何なのかよくわからないが、身体中から今まで感じたことのない何かが湧き出て大観衆の声援も周りにいるたくさんのランナーの足音さえも耳に入ってこなくなった。
動いているのは自分だけ。周りの景色は止まっている。そんな感じがしばらく続いた。
耳鳴りのようだ。ボーっと耳鳴りがして他のどんな大きな音も叫び声も聞こえない…
ホントにこのまま何も起こらずに終わることができるのか?
不安を感じた。
今は何ともないがもう少し時間が経つと突然具合が悪くなってしまうのではないか…
顔がこわばっているのが自分でよくわかる。
笑顔がない。笑顔が消えた…
凄く怖い顔をしているように思えた。

(c)allsports.jp ダメだよ 笑顔を取り戻せ
マラソンで腹いっぱい給食を楽しんだのは初めてだった。食べ過ぎて気持ち悪くなるくらいたくさん食べた。バナナも丸ごと1本何度もいただいた。しかしウエストバックに入れたジェルはまずくて食べることができず、ただの余計な荷物になってしまった。アミノバイタルの粉末スティックも遅いランナーには不要だった。
脱水で血液の粘度が増すことを恐れていたので、香港の二の舞だけは絶対に嫌だと思っていたので給水所では必ず水分補給を多めにした。水分摂り過ぎでお腹はポコポコだ。走りながらジャブンジャブンと水が胃の中を移動する音がする。(笑)
30k、35kと進んできた。この辺がフルマラソンにとって一番辛いポイント。
そしてここ住之江地区は大阪マラソンで応援者の数が多いポイントでもある。
「マラソンは30k過ぎてからがマラソンだ」
30kを過ぎると徐々に徐々にペースが落ちて気力も失われてくる。
するとだんだん諦めムードになってしまう。
一度気持ちが切れると、折れるとマラソンは修正がきかない。どんどんどんどん落ちてくる。これでもかというくらい落ちてくる。
Nコーチが言うには、30kを過ぎると疲労困憊で酸素が脳にいかなくなり頑張ろうという気力が保てなくなるのだそうだ。思考能力がなくなるそうだ。これを脱出するには練習で何度も何度も疲労困憊状態を脳に経験させて疲労困憊状態に慣れさせることしかないそうだ。40k走や50k走の重要性はここにもある。
コースマップで確認していたフィニッシュのインデックス大阪に向かう最後の登り坂「南港大橋」が見えてきた。これが最後の関門になる。この橋を渡って海の向こうに行くと38k地点。
しかし走って登ると心拍数がオーバーすることは必至だろう。ここまできたらもう歩きたくはない。走って登ると決心した。
走りながら大きく深呼吸をして少しずつ息を吐いた。何度も走りながら深呼吸を繰り返した。
少しずつ、口を蛸のようにして息を吐いた。こうすれば心拍数が下がるような気がした。神頼みかもしれないが?
遅くてもいい。ペースは落ちてもいいから絶対歩くまいと心に決めた。

(c)allsports.jp 37k最後の坂
ゴールはすぐそこだ 頑張れ 深呼吸!
(あの頂点まで登りきれば下りだ。下りが待ち受けている。大好きな下りだよ。それが終わればあとは最後まで平坦だ。フィニッシュだってすぐだよ。すぐに終わる。夢の世界がすぐそこだよ。夢だと思っていたことが夢じゃなくなるんだよ。もうすぐ現実になるんだよ。いや~凄い凄い。凄いよお前、やったじゃないか!)
口元が震えた。
(やばい。こんなところで泣いちゃだめだっ!) o(`ω´ )o
沿道にいるたくさんの応援者から自分の表情を隠すため、見られるまいと思ってうつむき加減(下を向いて)で走った。
その時だった。パンフレットのようなものを一生懸命振って応援してくれている人の気配を感じた。ふと顔を右に向けて歩道に目をやると、そこにいたのはPUMA RCのOさんだった。ブンブン丸が気がつかないものだから沿道を一緒に走って一生懸命何かを振りながら声をかけてくれていた。たくさんの人の声にかき消されて何を言っているかはわからなかったが笑顔で手を振ってくれた。
Oさんはブンブン丸よりちょっと早く入会し、入会した頃のベストタイムはブンブン丸とほぼ同じ。それが今ではサブ3だ。月とスッポンほどに差が開いてしまった。Oさんは自分がゴールした後、わざわざこんなところまで戻って応援してくれていた。
嬉しかった。一気に嬉しくなった。会釈をして手を振り返してゆっくりと(速く走れないので)走り去った。堪えていた泣き顔は一瞬のうちに笑顔に変わった。Oさんの笑顔も満開だった。
両手をどんなに広げても、つかみきれないほどの溢れるほどの元気がもらえた。
元気があれば何でもできる!
笑顔も戻った!
もう一度気を引き締めよう!
橋を渡りきって、海を渡って平坦になった。40k表示板が見えてきた。
もう少しだ。万歳 \(~o~)/ したくなるほど嬉しい気持ちになって笑顔も満開だ!🌸
満面の笑み! ((⊂(^ω^)⊃)) ♪♪♪
(ダメだ。まだ何が起こるかわからない。喜ぶのはまだ早い。最後まで何が起こるかわからない。安心するな。気を引き締めろ。マラソン中の心筋梗塞が一番多いのはゴール間際だ。油断は禁物だ。)
はやる気持ちを懸命に抑えた。本当にフルマラソンを走りきってしまうのか?完走してしまうのか?ここまできてもまだ半信半疑だった。信じられない。何かが起こって中断してしまうのではないか?そんな悪夢が蘇るのでそれをかき消すように一生懸命目線も気持ちも前を向いて走った。いつの間にか悪夢は後ろに消えていった。もう振り向かない。
「悪夢さんさようなら」
気がついたらすり足走法から一転腿を引き上げて走っていた。
タイヤが回転するようにとまではいかないが、昔を思い出して一生懸命昔走っていたような走り方をしていた。
一歩一歩進むごとに夢の世界がどんどん近づいてくる。
足を上げるごとにゴールがフィニッシュが引き寄せられる。
見えた 見えた とうとう見えたぞ…
夢のゴールが見えてきた
やった やった!
ついにやった!
どうだ、俺はやったぞ!
どうだ!
もう夢じゃない 夢じゃないよ!
皆んなやったぞ!
やったんだよ!
俺はやったんだよ!

(c)allsports.jp どうだ俺はやったぞ!
マラソンの神様に、大阪マラソンの神様にお礼を言った。
「ありがとうございます。チャレンジランから11ヶ月。とうとうフルマラソンを完走しました。いろんなことがありました。全て乗り超えることができました。自分の努力もありますが、それを支えてくれたたくさんの人がいます。皆さんに感謝します。家族(妻)、友人知人、会社の諸先輩、PUMA RCをはじめアチープRC、アミノバイタルACに至るまでたくさんのスタッフの方々、K大学病院の病棟の看護師さん、理学療法士さん、初診時に診てくれたK医師、カテーテル担当の〇医師、執刀医のT医師、手術に立ち会っていただいたたくさんの医師団と看護師さん、復活の手助けをしてくれたG医師、循環器内科のKO医師と現在のS医師、他にもたくさんたくさん…大阪マラソンの神様、あなたにも感謝します。大阪マラソンを走らせていただきありがとうございました。最後まで見守ってくださりありがとうございました。今日は新しい一歩の始まりです。夢の終わりではありません。新たなランニングライフのスタートです。夢の始まりです。」

(c)allsports.jp ありがとうございます 大阪マラソンの神様に一礼 (矢印に注目)

(c)allsports.jp
ネット 4時間50分44秒
グロス 4時間52分11秒
(10,998位/27,669人)
サブ5は予想外だった。記録は考えないように気にしないようにしていたが、サブ5で走れるとは思ってもいなかった。
焦らない
腐らない
諦めない
一歩一歩少しずつ努力を重ねれば必ず夢は実現する
夢は叶う
夢は夢でなくなり、次の夢への過程に変わる
「夢を力に」
夢があれば力にできる
夢を力にできるから
焦らないで
腐らないで
諦めないで
前向きな気持ちで進んでいける
走りたい
もう一度フルマラソンを走りたい
夢を力にできたからここまで来れた
夢は見るものではない
夢は超えるものだ‼︎
「夢を力に」
なんていい言葉なんだろう
ありがとうYさん
10月12日K大学病院へ検査に行った。担当のS医師は必要のない投薬はやめましょうという考え方で、5月の検査時に2種類の薬が減らされていた。自分としてはこれに加えて利尿剤もやめたいというのが願望。
『利尿剤は必要なのでしょうか?できれば飲むのをやめるわけにはいかないでしょうか?午前中のトイレの回数が多すぎて仕事にも支障が出ます。』
『いいでしょう。飲まなくてもいいでしょう。不要な薬は飲まない方が身体にはいいですから。』
あっさりと承認された。
利尿剤を飲むか飲まないかはフルマラソンを走るうえで死活問題だ。こんなものを当日の朝飲んだらレース中に何度トイレに駆け込むかわからない。明日の朝から飲まなくていい。すっごくホッとした。悩みが一つ減った。
2013年10月27日 第3回大阪マラソン
宿泊した心斎橋のホテルは大阪マラソンを走るランナーでかなり混雑していた。朝食会場もランナーのためにいつもより早い時間からオープン。
香港の悪夢で学んだことは水分をしっかり摂ること。トイレへ行くことを恐れて何も飲まないなんてことはもうしない。
トイレなんて何度行ってもいいんだ。記録を目標にしているわけではない。2~3回行ったところでどうってことはない…
でもコーヒー、紅茶、日本茶とかカフェインの含まれているものは飲まない。
長袖の着圧アンダーの上にPUMAのユニフォーム(ランシャツ)を着た。アンダーの下には命のバロメーターとなる大事な大事な心拍計ベルトが巻かれている。ブンブン丸の命を守る一番大事なものだ。そしてPUMAユニフォームのランパンでは短かすぎるので普通丈のPUMAショートパンツをはいた。シューズは厚底の赤いアシックス。
今までの国内フルマラソンは手ぶらで走っていた。でも今回は何が起こるかわからない。いや、何か起こってもいいようにいろんなものを持った。ゼッケンの裏には「2012年2月香港国際マラソンで急性心筋梗塞を発症。冠動脈バイパス手術」と記載した。万が一倒れるようなことがあれば、このゼッケンを見てもらえれば「既往症」ということがわかる。
iPhoneとPちゃんの写真入りキーホルダーは必需品。それに加えてEXPOで買ったグリコのジェル3個、粉末スティックタイプのアミノバイタル5袋、EXPOでもらった携帯用エアーサロンパス2本、タオルハンカチをウエストバックに入れた。迷ったが保険証とK大学病院の診察券も入れた。意識不明になったとき、診察券があればK大学病院に問い合わせてくれるかもしれないと思ったから。詳しい病状の情報がとれるから。
準備は万全だ。こんなに持ってお腹に巻いて走るのは初めて。死なないと思うが何かあれば役には立つだろう。
ビギナーなんだから仕方ない。健常者じゃないんだから仕方ない。遅いんだし道中長いから何が起こるかわからない…
念には念を入れろ…だ。
格好じゃない…命が一番大事だ。
ブンブン丸は死なない。絶対に死なない。倒れない。
あんなに楽しみにしていた大阪マラソンなのにいざとなると怖かった。地下鉄の電車の中、電車を降りて大阪城公園へ向かう途中、荷物預けの最中、トイレの行列待ちでも、Bブロック(陸連登録しているのでBだった)の中に並んだときも…
怖い…自分の意思でこの場にいるのに好き好んで何でわざわざこんなことをしているのか疑念まで生じてしまう。
何度も深呼吸をした。走ってもいないのに心拍数がやけに高い。
こんなことしていいの?10kやハーフとはわけが違う。
(お前何やってんだ。心筋梗塞経験した奴がフルマラソン走るなんて聞いたことがない。何でこんなことしてるんだよ。)
(ゆっくり走れば大丈夫だ。怖くなんかない。お前は死なない。奇跡の生還者だ。お前は絶対に死なない。元気に完走する。練習だってたくさんやったじゃないか。異常はなかったはずだ。読売新聞の取材が待っているんだよ。インタビューだぞ…)
一生懸命気持ちを落ち着かせた。
でも恐怖は治まらない。まるで死刑囚が死刑台に向かって走っていくような心境だ。死刑囚になったことはないので死刑囚の気持ちはわからないがそんな気がした。
42.195kにたどり着く前にどこかで死刑が執行される。自ら死刑になることを望んで走って行く。そんな馬鹿なことをする奴がここにいる。そいつは勇気があるように見えるが、実は恐怖で震えている。死にたくないと震えている。怯えている…
Yさんが言っていた「笑顔でフルマラソンを走れる日を楽しみにしています。」
ブンブン丸からはすっかり笑顔が消えていた。笑顔を忘れてしまった。
大阪市長の挨拶も何もかも耳に入ってこない。
時計を見ては「あと10分しかない」「あと5分しかない」「もうすぐかあ~」
2分前 1分前…
(あんなにやりたがっていたフルマラソンだぞ。お前の夢だ。サブ3に代わる夢だ。すっげーことじゃないか。あんな状態からよくここまでもってきたよ。5時間後だか6時間後だかわからないけど、走り終えれば夢が叶うんだ。奇跡じゃないんだ。お前が頑張ったからだ。涙と努力の結晶だ。お前は世界で一番頑張った。それは俺が一番よく知っている。ここにいる3万人の誰と比べてもお前が一番だ。オリンピックのメダルより凄いぞ。もう少しだから頑張ろうじゃないか。)
目を閉じて気持ちを落ち着かせた。
30秒前…10秒前…5 4 3 2 1
号砲が鳴った。
紙吹雪が舞う中、ブンブン丸の復活を期す大阪マラソンが始まった。上空を見上げるとTV用のヘリコプターが飛んでいる。長いと感じるか短いと感じるかはブンブン丸次第だ。
あんなに怯えていたのにいざスタートするとすべてを忘れ、手を振る大観衆に「ありがとう」とつぶやきながら手を振り返した。
いろんな思い出が蘇る。
香港国際の2k地点
胸をおさえながら苦痛に顔を歪めて今にも倒れそうに走っている姿
手術室の扉の前で医師に言われた言葉
「死亡するリスクがあります」
集中治療室の光景

もう一度走ってやろうと決意した瞬間
「走ってもいいですよ」G医師の言葉
おっかなびっくり自転車道RUN
嬉しかった皇居RUN
大阪マラソンチャレンジラン
有馬温泉での涙
谷川真理ハーフマラソン
初心者クラス復帰
普通クラス復帰
俺は、俺は、今日夢を成し遂げる。
夢が夢でなくなる…
大観衆の応援を身体いっぱいに感じて走った。千日通りから御堂筋に入り心斎橋もわかった。
ここを左に曲がると宿泊先のホテルだ。もう大阪の地図も頭の中に入っている。
大阪市役所も過ぎた。去年はここで終りだった。
心拍数を気にしながらキョロキョロと大阪の街を見てハイタッチを楽しんだ。
気合いが入り過ぎてハイタッチが痛い大阪のおばちゃんもいた。
もう恐怖はない。
でも大阪のおばちゃんは恐怖だ…ハイタッチが痛い
俺は死刑囚ではない。
夢の世界へ向かって走る誰よりも幸せなランナーだ!
どや、わいは復活したんや!
フルマラソンや!
夢は叶うんや‼︎
諦めなければ夢は叶うんや‼︎

(c)allsports.jp ウエストバックをランシャツの下に隠して…どや顔
何が起こるかわからない。胸が痛くなったら終わり。命が終わる。だから石橋を叩いて渡るくらい細心の注意が必要だ。
心拍数を上げないためにはすり足走法しかない。地面をするようにひたすらすり足を心がけた。シューズの底が減ってしまうことも計算のうちだ。
すり足 すり足…

(c)allsports.jp 皆んなですり足走法・ペンギン走法
10kあたりからトイレへ行きたくなった。利尿剤をやめて約2週間。やはり1年8ヶ月もの間飲み続けていたのでやめたからといってすぐに利尿作用が減るわけではない。長い間の習慣が身体に染みついている。
トイレに行くのは想定内だったので14kと30kあたりで合計2回行った。ロスタイムは(3~4分)×2回
逆に上がってしまった心拍数を下げるのにトイレ待ちが効果的に働いてくれた。プラス要因になったかもしれない。
トイレ以外は歩くことも立ち止まることも一切なかった。一度もなかった。
20k、25kと進むにつれて緊張が高まった。
だって、夢の夢のフルマラソン完走が刻一刻と近づいているんだ。もう半分以上も走ってきたのだから。
諦めなくて良かったという思いからくる満足感?達成感?何なのかよくわからないが、身体中から今まで感じたことのない何かが湧き出て大観衆の声援も周りにいるたくさんのランナーの足音さえも耳に入ってこなくなった。
動いているのは自分だけ。周りの景色は止まっている。そんな感じがしばらく続いた。
耳鳴りのようだ。ボーっと耳鳴りがして他のどんな大きな音も叫び声も聞こえない…
ホントにこのまま何も起こらずに終わることができるのか?
不安を感じた。
今は何ともないがもう少し時間が経つと突然具合が悪くなってしまうのではないか…
顔がこわばっているのが自分でよくわかる。
笑顔がない。笑顔が消えた…
凄く怖い顔をしているように思えた。

(c)allsports.jp ダメだよ 笑顔を取り戻せ
マラソンで腹いっぱい給食を楽しんだのは初めてだった。食べ過ぎて気持ち悪くなるくらいたくさん食べた。バナナも丸ごと1本何度もいただいた。しかしウエストバックに入れたジェルはまずくて食べることができず、ただの余計な荷物になってしまった。アミノバイタルの粉末スティックも遅いランナーには不要だった。
脱水で血液の粘度が増すことを恐れていたので、香港の二の舞だけは絶対に嫌だと思っていたので給水所では必ず水分補給を多めにした。水分摂り過ぎでお腹はポコポコだ。走りながらジャブンジャブンと水が胃の中を移動する音がする。(笑)
30k、35kと進んできた。この辺がフルマラソンにとって一番辛いポイント。
そしてここ住之江地区は大阪マラソンで応援者の数が多いポイントでもある。
「マラソンは30k過ぎてからがマラソンだ」
30kを過ぎると徐々に徐々にペースが落ちて気力も失われてくる。
するとだんだん諦めムードになってしまう。
一度気持ちが切れると、折れるとマラソンは修正がきかない。どんどんどんどん落ちてくる。これでもかというくらい落ちてくる。
Nコーチが言うには、30kを過ぎると疲労困憊で酸素が脳にいかなくなり頑張ろうという気力が保てなくなるのだそうだ。思考能力がなくなるそうだ。これを脱出するには練習で何度も何度も疲労困憊状態を脳に経験させて疲労困憊状態に慣れさせることしかないそうだ。40k走や50k走の重要性はここにもある。
コースマップで確認していたフィニッシュのインデックス大阪に向かう最後の登り坂「南港大橋」が見えてきた。これが最後の関門になる。この橋を渡って海の向こうに行くと38k地点。
しかし走って登ると心拍数がオーバーすることは必至だろう。ここまできたらもう歩きたくはない。走って登ると決心した。
走りながら大きく深呼吸をして少しずつ息を吐いた。何度も走りながら深呼吸を繰り返した。
少しずつ、口を蛸のようにして息を吐いた。こうすれば心拍数が下がるような気がした。神頼みかもしれないが?
遅くてもいい。ペースは落ちてもいいから絶対歩くまいと心に決めた。

(c)allsports.jp 37k最後の坂
ゴールはすぐそこだ 頑張れ 深呼吸!
(あの頂点まで登りきれば下りだ。下りが待ち受けている。大好きな下りだよ。それが終わればあとは最後まで平坦だ。フィニッシュだってすぐだよ。すぐに終わる。夢の世界がすぐそこだよ。夢だと思っていたことが夢じゃなくなるんだよ。もうすぐ現実になるんだよ。いや~凄い凄い。凄いよお前、やったじゃないか!)
口元が震えた。
(やばい。こんなところで泣いちゃだめだっ!) o(`ω´ )o
沿道にいるたくさんの応援者から自分の表情を隠すため、見られるまいと思ってうつむき加減(下を向いて)で走った。
その時だった。パンフレットのようなものを一生懸命振って応援してくれている人の気配を感じた。ふと顔を右に向けて歩道に目をやると、そこにいたのはPUMA RCのOさんだった。ブンブン丸が気がつかないものだから沿道を一緒に走って一生懸命何かを振りながら声をかけてくれていた。たくさんの人の声にかき消されて何を言っているかはわからなかったが笑顔で手を振ってくれた。
Oさんはブンブン丸よりちょっと早く入会し、入会した頃のベストタイムはブンブン丸とほぼ同じ。それが今ではサブ3だ。月とスッポンほどに差が開いてしまった。Oさんは自分がゴールした後、わざわざこんなところまで戻って応援してくれていた。
嬉しかった。一気に嬉しくなった。会釈をして手を振り返してゆっくりと(速く走れないので)走り去った。堪えていた泣き顔は一瞬のうちに笑顔に変わった。Oさんの笑顔も満開だった。
両手をどんなに広げても、つかみきれないほどの溢れるほどの元気がもらえた。
元気があれば何でもできる!
笑顔も戻った!
もう一度気を引き締めよう!
橋を渡りきって、海を渡って平坦になった。40k表示板が見えてきた。
もう少しだ。万歳 \(~o~)/ したくなるほど嬉しい気持ちになって笑顔も満開だ!🌸
満面の笑み! ((⊂(^ω^)⊃)) ♪♪♪
(ダメだ。まだ何が起こるかわからない。喜ぶのはまだ早い。最後まで何が起こるかわからない。安心するな。気を引き締めろ。マラソン中の心筋梗塞が一番多いのはゴール間際だ。油断は禁物だ。)
はやる気持ちを懸命に抑えた。本当にフルマラソンを走りきってしまうのか?完走してしまうのか?ここまできてもまだ半信半疑だった。信じられない。何かが起こって中断してしまうのではないか?そんな悪夢が蘇るのでそれをかき消すように一生懸命目線も気持ちも前を向いて走った。いつの間にか悪夢は後ろに消えていった。もう振り向かない。
「悪夢さんさようなら」
気がついたらすり足走法から一転腿を引き上げて走っていた。
タイヤが回転するようにとまではいかないが、昔を思い出して一生懸命昔走っていたような走り方をしていた。
一歩一歩進むごとに夢の世界がどんどん近づいてくる。
足を上げるごとにゴールがフィニッシュが引き寄せられる。
見えた 見えた とうとう見えたぞ…
夢のゴールが見えてきた
やった やった!
ついにやった!
どうだ、俺はやったぞ!
どうだ!
もう夢じゃない 夢じゃないよ!
皆んなやったぞ!
やったんだよ!
俺はやったんだよ!

(c)allsports.jp どうだ俺はやったぞ!
マラソンの神様に、大阪マラソンの神様にお礼を言った。
「ありがとうございます。チャレンジランから11ヶ月。とうとうフルマラソンを完走しました。いろんなことがありました。全て乗り超えることができました。自分の努力もありますが、それを支えてくれたたくさんの人がいます。皆さんに感謝します。家族(妻)、友人知人、会社の諸先輩、PUMA RCをはじめアチープRC、アミノバイタルACに至るまでたくさんのスタッフの方々、K大学病院の病棟の看護師さん、理学療法士さん、初診時に診てくれたK医師、カテーテル担当の〇医師、執刀医のT医師、手術に立ち会っていただいたたくさんの医師団と看護師さん、復活の手助けをしてくれたG医師、循環器内科のKO医師と現在のS医師、他にもたくさんたくさん…大阪マラソンの神様、あなたにも感謝します。大阪マラソンを走らせていただきありがとうございました。最後まで見守ってくださりありがとうございました。今日は新しい一歩の始まりです。夢の終わりではありません。新たなランニングライフのスタートです。夢の始まりです。」

(c)allsports.jp ありがとうございます 大阪マラソンの神様に一礼 (矢印に注目)

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ネット 4時間50分44秒
グロス 4時間52分11秒
(10,998位/27,669人)
サブ5は予想外だった。記録は考えないように気にしないようにしていたが、サブ5で走れるとは思ってもいなかった。
焦らない
腐らない
諦めない
一歩一歩少しずつ努力を重ねれば必ず夢は実現する
夢は叶う
夢は夢でなくなり、次の夢への過程に変わる
「夢を力に」
夢があれば力にできる
夢を力にできるから
焦らないで
腐らないで
諦めないで
前向きな気持ちで進んでいける
走りたい
もう一度フルマラソンを走りたい
夢を力にできたからここまで来れた
夢は見るものではない
夢は超えるものだ‼︎
「夢を力に」
なんていい言葉なんだろう
ありがとうYさん
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